「夏の花」(原民喜)

一瞬のうちに一様に命を奪っていった原爆の特質

「夏の花」(原民喜)(「百年文庫086 灼」)ポプラ社

「夏の花」(原民喜)(「夏の花・心願の国」)新潮文庫

1945年8月の広島。
突然「私」の頭上に
一撃が加えられ、
眼の前に暗闇がすべり墜ちた。
何が起きたのかわからぬまま
逃げ惑う「私」は、
目を覆うような惨状を目撃する。
やがて「私」は次兄とともに、
甥の変わり果てた姿に
遭遇する…。

自身の広島被爆体験をもとに綴った、
原民喜渾身の一作であり、
原爆文学を代表する
一作でもあります。
筋書きらしい筋書きはなく、
原爆被災後の状況の悲惨さを
言葉で可能な限り
描きつくした作品です。
読み進めるのが辛くなるような
描写が並べられています。

「男であるのか、女であるのか、
 殆ど区別もつかない程、
 顔がくちゃくちゃに腫れ上って、
 随って眼は糸のように細まり、
 唇は思いきり爛れ、
 それに、痛々しい肢体を露出させ、
 虫の息で彼等は
 横わっているのであった。」

「『水を、水を、水を下さい、
 ……ああ、……お母さん、
 ……姉さん、……光ちゃん』と
 声は全身全霊を引裂くように迸り、
 『ウウ、ウウ』と苦痛に
 追いまくられる喘ぎが
 弱々しくそれに絡んでいる。」

「胸のあたりに拳大の腫れものがあり、
 そこから液体が流れている。
 真黒くなった顔に、
 白い歯が微かに見え、
 投出した両手の指は固く、
 内側に握り締め、
 爪が喰込んでいた。」

ふと、気が付くことがあります。
本作品に登場する人物の中で、
個人名が与えられているのは、
死体が発見された甥の
「文彦」(次兄の子)だけで、
あとは「私」「妻」「妹」「長兄」等の
続柄の表記か、
「次兄の家の女中」という役割名か、
「K」「N」のイニシャルなのです。

ここに、
その人間がどのような生き方をしてきたのか、
このあとどんな人生を歩むのかに
全く関わりなく、
一瞬のうちに一様に命を奪っていった
原爆の特質が表れていると思うのです。
何もわからぬまま死んでいき、
一個のただの物体になってしまった
多くの人間たちを目の当たりにした、
作者の心情を
酌み取ることが
できるような気がします。
「文彦」だけは自分との関係が深く、
死者の中でも実名を書かずには
いられなかったのでしょう。

原爆の悲惨さと
非人間性を訴えた本作品が
存在するにもかかわらず、
核兵器が縮小される雰囲気どころか、
隣国からますます
焦臭いにおいが漂い始めている
現代の国際社会に
いらだちを感じる今日この頃です。

(2018.11.30)

【青空文庫】
「夏の花」(原民喜)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA